コーヒー溺路線
「それじゃあ母さん。そろそろ帰るよ」
「ええ。……あさひちゃんはどうしたのかしら」
リビングから台所まではそれ程の距離もないはずなのに、茶をいれにリビングを出たあさひはいつまで経っても戻ってこない。
松太郎も愛里も不思議そうに首を傾げた。
「まあ挨拶はして帰るさ」
「そうね」
困ったように笑う愛里を一瞥し、松太郎は扉の取手を握って勢い良く開いた。
「あさひちゃん!」
冷めた茶を盆に乗せたあさひは扉の向こう側に突っ立っていた。
松太郎とあさひは共に驚いて口を無防備に開けている。
松太郎の肩越しにあさひを見て愛里も驚いている。
「どうしたんだい。こんなところで」
「あの、なんだか大切なお話のようだったので邪魔をしないようにと思って」
「そう、気を遣わせてしまってごめん」
あさひは大丈夫ですと呟くと盆を抱えたまま、再びスリッパを履いた足で台所へ走っていってしまった。
松太郎も愛里もしまったというような表情で顔を見合わせた。