コーヒー溺路線
「そうしたら彼女、どんな顔をしたと思いますか」
梓は自分の身に着けているスカートの布を両手で掴み、悔しそうに下唇を噛んで俯いている。
松太郎にそんな梓の姿は見えない。
「凄く傷付いた顔でした。あんなに酷い顔、私は他に見たことがないです」
「……」
「早く彼女と向き合ってあげて下さい。婚約をするなら早く公表をして、けじめを付けて下さい」
気付けばもう梓の家へ到着していた。
車は疾うに停車している。松太郎はハンドルに手を置いたまま俯いていた。
「部外者だというのにすみません。だけど、早くいつもの二人に戻って下さい」
そう言い終えると、松太郎の返事も聞かず梓は車を下りた。梓の靴のあまり高くないヒールの音が正確なリズムを刻みながら小さくなっていくのを、松太郎は目を伏せたまま聞いていた。
間もなく松太郎はハンドルを握り直し、ゆっくりと発車させた。
早く自分の暮らすマンションに帰ろう、そして風呂に入って今夜は早く眠ろう。そう思いながら松太郎は、どこかで梓の悲痛な言葉の羅列を思い返していた。