コーヒー溺路線
 

彩子は今日も午前八時丁度に出勤する。いつもの時間に電車へ乗り込み、いつものように改札を抜ける。
 

最近の彩子は調子が良かった。
数週間前は重くて仕方がなかった足取りも、今ではこんなに軽い。お気に入りのタイトスカートは今日もあまり短くない。
 

そうして藤山商事のビルディングに入り、エレベーターに飛び乗った。
 


 
「おはようございます」
 


 
部署に到着すると、彩子は澄んだ声で部署にいる社員に聞こえるように挨拶をした。
一瞬だけ驚いた顔をしながらも社員は口々に彩子へと挨拶を返す。
 

彩子が辺りをぐるりと見渡していると、梓がニヤリと笑いながらこちらに向かって手を振っている。
彩子は鞄を持ったまま梓に近付いた。
 


 
「おはようございます、梓さん」
 

 
「おはよう、彩子ちゃん。なんだか機嫌が良いみたいね」
 

 
「機嫌というか……。なんだか近頃は調子が良いんです」
 


 
それは良かったと梓が嬉しそうに微笑んで、彩子もそれにはいと答えた。
彩子はいそいそと自分のデスクに着き、革の鞄からコーヒーの瓶を取り出した。
 


 
「あ、富田さん、コーヒー持ってきたの?」
 


 
彩子にそう声をかけたのは彩子のコーヒーをよくおかわりする男性社員だ。
 


 
「はい。そろそろなくなると思って持ってきました、朝の一杯いかがですか」
 

 
「うん、頂戴」
 

 
「富田さん、こっちにも」
 


 
社員が口々に言いながら挙手する。彩子は嬉しそうに微笑んで返事をすると瓶を持って立ち上がった。
 


 
< 192 / 220 >

この作品をシェア

pagetop