コーヒー溺路線
彩子は粉末状のコーヒーの入った瓶を持って給湯室へ移動すると、人数分のコーヒーカップと自分専用のマグカップを並べた。
それから二つのヤカン一杯に水を入れ、湯を沸かし始めた。
彩子はそのヤカンを見つめながら、かねてより決心を戸惑っていた気持ちに終止符を打った。決心を明確なものとして定めたのだ。
暫くするとヤカンは微量の汗をかき、中の湯は沸き上がった。それから丁寧にコーヒーを注いでゆく。
彩子は五人分のコーヒーを盆に乗せ、部署の奥のデスクの人から渡していった。
彩子は先程コーヒーをいれるように頼んではいない人にも一応は渡した。もちろんそういう人もきちんと礼を言って、彩子からコーヒーカップを受け取っている。
「梓さん、コーヒーどうぞ」
「ありがとう」
彩子はまだコーヒーを渡していない残りの社員の為に、もう既に何度か往復をしている給湯室へと足早に向かった。残りは彩子自身のマグカップと二人分のコーヒーカップだ。
よし、と彩子は息を吐いて盆に乗せた。
「コーヒーどうぞ」
「ありがとう」
まず彩子は向かい側のデスクの男にコーヒーを渡した。そうして彩子はゆっくりと自分のデスクの方へ戻る。
残るは松太郎だけだ。
彩子の緊張は最高潮に達した。
「おはようございます、藤山さん」
彩子は小さな声で言ってから松太郎をちらりと見上げた。松太郎は驚いた顔をしている。
しかし、次の瞬間には松太郎が泣きそうな顔で微笑んでいるのが彩子には解った。
「……おはよう」
「コーヒーです」
彩子は震える手で松太郎のデスクにコーヒーカップを置き、空になった盆を抱えて足早に給湯室へ戻った。
松太郎は泣きそうな顔で彩子のいれたコーヒーを見つめている。
彩子は、盆を抱えたまま少しだけ泣いた。