コーヒー溺路線
松太郎は彩子がいれたコーヒーを一口飲んだ。それはいつ飲んでも旨い。
彩子に「藤山さん」と呼ばれた時、松太郎は驚いて目を見開いた。以前のように「松太郎さん」とは呼んでもらえないのだと思うと同時に、その内にはこれが当然のことになっていくのだなと思った。
しかしそれ以上に嬉しかった。
彩子と目が合ったのだ。
近い存在ではなくとも、社へ来れば彼女のコーヒーは飲めるぞと思った。
「富田さん、コーヒーのおかわりをお願いします」
正午になるまでに何度かその言葉が社員から出た。彩子は返事をすると素早く立ち上り、空になったコーヒーカップを受け取りに行っていた。
彩子は嬉しそうに対応しては彩子自身のマグカップにもコーヒーのおかわりを注いでいた。
松太郎のコーヒーカップが空になると彩子は気を遣ってか、おかわりはいかがですかと聞いた。その度に松太郎はきちんと彩子の目を見てよろしくと答える。
彩子から見るからに嬉しそうな空気が醸し出ているので、松太郎は彩子が給湯室へ向かうと同時にくすりと笑った。
少しだけ自惚れてしまいそうだと思った。
「彩子ちゃん、お昼にしましょう」
梓がコンピュータのキーボードを叩くのを止め、彩子を促した。
「梓さんすみません。休憩の間に行きたい所があるので先に食べていて下さい」
彩子は申し訳なさそうにしながら部署を出た。梓は了解したようで弁当箱と財布を持って給湯室の奥の休憩室へ移動した。
彩子はもしかして例の男と会うのかなと松太郎は勘違いをし、切ない気持ちになった。