コーヒー溺路線
彩子はエレベーターに向かい、エレベーターが到着するのを待った。
暫くして到着したエレベーターには既に数名の社員が乗っていた。きっと彩子とは違う部署の人間だろう。
一階に到着してロビーに出ると、断続的に開閉をする自動ドアから涼しい爽やかな風が入ってきた。
彩子は自然と笑顔になった。蒸し暑い夏がだんだんと終わろうとしている。
彩子はコーヒーショップへ向かって歩いた。
「今晩は、マスター」
コーヒーショップに到着した彩子は店内に入って直ぐにマスターに声をかけた。
するとマスターに彩子の声が届かなかったのか返事がない。
よく見るといつもはいない客がちらほらといるようで、マスターは忙しなくコーヒーをいれているようだった。
マスターは彩子がその様子を扉の前に突っ立って見ていることに気が付くと、にこりと困ったように笑ってみせた。
「忙しそうですね、マスター」
「やあ、彩子ちゃん。最近客足が増えていてね、有り難いことに忙しいんだ」
「そっちに行っても大丈夫ですか?マスターのこだわりの邪魔をしない程度に手伝いますよ」
そう言って彩子は鞄を持ったままカウンターの向こう側に行った。
カウンターの向こう側の、いつもマスターが立っている所に彩子が入ったのは、五本の指で数えられるくらいの回数だけだ。
一度目はコーヒーのいれ方を教わった時。
二度目は忘れたけど、三度目は一か月前の俊平が来た時。
四度目が今日この瞬間である。