コーヒー溺路線
突然のマスターの兄の登場で彩子は驚きながらも眼をキラキラと輝かせていた。
マスターの兄だというその無精髭の男は彩子の右隣りの席に腰を掛けた。
それからコーヒーを頼んだ。
「どうせ飲むなら兄貴がいれろよ、彩子ちゃんもきっと気に入るさ」
「えっ、お兄さんもコーヒーが好きなんですか?」
「君は彩子ちゃんと言うのか。ここから離れた場所で俺もコーヒーショップを経営しているんだ。よろしくね」
彩子は慌ててよろしくお願いしますと頭を下げた。一度見ただけでは解らないが、マスターと男は笑顔がよく似ていた。
随分と紳士的で素敵な兄弟だなと彩子は驚嘆の溜め息を漏らした。
「それじゃあ俺がいれようかな」
そう言って無精髭の男はカウンターの席から立ち上がって、マスターのいるカウンターの向こう側へと移動した。
丁度今湯を沸かしていたところだとマスターが言うと、無精髭の男は了解したと言った。
「このマグカップは?」
二つのコーヒーカップの隣りに一つ、場違いに見えるマグカップがあることに男は気が付いた。
「そのマグカップは彩子ちゃんの専用のものだよ。彼女は常連でたっぷりのコーヒーを大きなマグカップで飲むのが好きなんだ」
「私が余りにも頻繁に来るので、何年か前からマスターがマグカップを用意しておいてくれているんです」
なるほどと男が微笑むと、次第に店内にコーヒーの匂いが充満し始める。