コーヒー溺路線
「さあどうぞ」
彩子の目の前に濃厚なコーヒーが並々と注がれたマグカップが置かれた。
彩子はたちまち笑顔になる。
そんな彩子を見てマスターも男もくすりと微笑んだ。
「兄貴のいれるコーヒーは久し振りだな」
「めったと店を休むことがないから会うのも久し振りだものな」
「美味しそう……。頂きます」
彩子はマグカップを両手でふわりと包み込み、熱いコーヒーをゆっくりと一口、口内へと流し込んだ。
そして彩子は再び笑顔になる。
「とっても美味しいです」
「それは良かった、嬉しいよ」
「豆は同じでもいれる人間が違うと味が変わるからね。俺のコーヒーとはまた違って旨いだろう?」
自分の兄のことだというのに、マスターはさも自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
ああ、仲の良い兄弟なのだと彩子も嬉しくなった。
その後は兄弟の話に彩子も少しだけ混ざりながら、マグカップにいっぱいのコーヒーを味わって飲んだ。
「それじゃあそろそろ俺は帰るとするよ」
「えっ」
「もう帰るのか?」
「一度店へ寄って戸締まりを確認しようと思っていてな。また近い内に来るよ」
そう言ってから颯爽と無精髭の男はコーヒーショップを出ていった。
嵐のような男だったと彩子はマスターと目を見張り、少しだけおかしくて笑った。