コーヒー溺路線
富田彩子が大手企業会社「藤山商事」のオフィスレディーになったことに、特に意味はない。
強いて言えばコーヒーをいれたかった。
「富田、コーヒーのおかわりを頼む」
「はい」
今彩子にコーヒーをいれるよう言いつけたのはこのオフィスの部長の佐山だ。
佐山の好むコーヒーはミルクを一杯、砂糖を二杯だ。
こういった上司達のコーヒーの好みを覚えておくのは彩子の趣味だ。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーをいれることは彩子の趣味である。いつからか自分で豆を引くようになり、洒落たカフェよりも美味しいコーヒーをいれるためにこだわりがあるのだ。
部長の佐山は渋くて藍色のマグカップを、三歳年が上の先輩には橙色の優しげなマグカップを、といったようにマグカップを人によって使い分けるのも彩子のこだわりだ。
もちろん豆もマグカップも自費である。
そんなコーヒー好きな彩子に社内の人事異動の言いつけがあったのはつい三日前である。いつものように佐山の元へコーヒーをいれてゆくと一枚の紙を手渡された。
「人事異動ですか?」
「富田の書類や話をまとめる力が今すぐに企画発足部で必要らしい。うちの部署も富田を手放すのが惜しいが上からの命令でな。前向きに人事異動するよう頼むよ」
「……企画発足部」