コーヒー溺路線
 

行きと同じように横断歩道を渡り、二人はビニール袋をがさがさと言わせながらあの高いビルディングを目指した。
 


 
「ところで、こんな風に買った物はどこで食べるんだい?」
 

 
「ああ、それなら休憩室があるんですよ。給湯室の奥にある扉がそうです」
 

 
「ああ、なるほどね」
 


 
そういえばそんな扉があったなと松太郎は思い出して納得した。
 

七月の上旬とは言え、このビジネス街は地面は土ではなくコンクリートだし、たくさん並んだビルディングの窓ガラスが互いに日光を反射しあって暑さは増している。
更には梅雨の気候が抜け切らない湿気の多い風が吹いている。アメリカとは違う暑さだなと松太郎は思った。おもむろにネクタイを緩める。その途端にあ、と彩子が声を漏らした。
 


 
「どうしたの」
 

 
「それ、すごく好きです」
 

 
「それって」
 

 
「そのネクタイをぐいっと緩める動き、と言うか、物凄く好きです」
 

 
「ああ、女性はそういう男の行為とか仕草に弱いんだよね」
 

 
「そうです、無意識にする行為なんですけどね。なんだかとても」
 


 
好きです、と呟いて彩子は長く綺麗な髪を耳にするりとかけた。松太郎はしばらくその耳元に見入っていまう。
 

そんな仕草が男を狂わすことを彼女は知っているのだろうか、と呆れたように松太郎は笑った。
 


 
「そうか、例えば車を車庫や駐車場に入れる時に後ろを確認しようと身を乗り出す仕草、とかかな」
 


 
そうです、それも素敵ですと彩子が食いついてきた。なかなか夢を見がちな女性なのかなと松太郎は思った。
 


 
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