コーヒー溺路線
「今日は朝目が覚めたら、物凄く気分が良かったんです。眠気も全くないし、パッチリと目が覚めました」
「なるほど」
「それで、給湯室に置いている瓶の中のコーヒーが少なくなっていたことを思い出したから新しくコーヒーの入った瓶を鞄に入れて」
恍惚な表情で彩子はマグカップを傾け、コーヒーを啜った。まだ冷めてはいないらしい。
「私はいつも通りの八時丁度に会社に着いて、挨拶をしながら部署に入ったら、ね、松太郎さんが目に入った……」
「……」
嬉しそうな表情だった彩子の顔は、何か大切なものを思い出している表情に変わっていた。
マスターは水道から流れ出る、ダバダバとうるさい水を止めた。
「それから部署にいる社員全員にコーヒーをいれました。いつもは欲しいと言って下さる方にしかいれないんだけど、今日は全員分をいれました」
「そうか」
「部署の奥の人から順番にコーヒーを渡して、最後に松太郎さんに」
コーヒーを、そう呟いた彩子はマグカップをテーブルに置いて俯いた。
マスターは両手にたくさんの泡を付けたままで突っ立っている。
「おはようございますと、松太郎さんに近寄って言ってみたんです。たくさん勇気が要りました」
「うん」
「笑って、おはようって言ってくれました。……。嬉しかった」