コーヒー溺路線
彩子は俯いたまま話した。
マスターは彩子が泣いているのかと思ったが、肩が震える様子もないので妙に安心した。
彩子に泣かれてしまうとさすがのマスターも弱るのだ。
「私、その後は逃げるように給湯室へ戻ってしまって、恥ずかしいけど泣いちゃった。少しだけね」
顔を少しだけ上げて、彩子は困ったように笑ってみせた。
マスターはじっと黙ってそんな彩子を見ている。
「改めて痛感してしまったというか」
「……。何をだい?」
その直後、彩子は打って変わって幸せそうにニタリと笑った。
「私、松太郎さんに恋をしているのねって」
「恋?」
「うん。やっぱりこれは恋なんだって、目が合った時に改めて思ったの」
口元を両手で覆って、彩子はふふふと嬉しそうに笑う。
マスターも困ったように微笑んでいる。
「それで気が付いた」
「うん」
「ああきっと、この人に愛されていた瞬間があるだけで生きていける」
「……」
「彼と目が合うだけでこんなに胸がドキドキするんです」