コーヒー溺路線
 

時刻は午後八時を回っていた。
企画発足部の休憩室にはまだ梓や他の女性社員が残っている。
 


 
「そういえば梓、彩子ちゃんはどうなったの?」
 

 
「ああ、最近来なくなった彼のこと?」
 

 
「そう」
 


 
どうやらこの社のオフィスレディーは他人の恋路に余程興味があるらしい。
身を乗り出して梓に聞いている。
 


 
「来なくなったということは別れたんじゃあないの?」
 

 
「彼、凄く付き纏っていたものねえ」
 


 
彩子と俊平が付き合っていたという勘違いが起こっているので、梓はキョトンとしていた。
片手にはコーヒーカップの取手が握られている。
 


 
「何を言うのよ。彩子ちゃんは須川君と付き合っていたわけではないわ。彩子ちゃんが好きなのは藤山さんよ」
 

 
「藤山さん?やっぱり彩子ちゃんは藤山さんと付き合っているの?」
 

 
「ううん。彩子ちゃんは違うって言っていたけど……。きっと好きなんだと思うわ」
 


 
女性社員達はいろいろな恋人の噂に口々に盛り上がっている。
梓は、噂好きにも困ったものだと苦笑して溜め息を吐いた。
 

そうして再びコーヒーカップを持ち上げた。
 


 
「だから、あんた達が藤山さんを狙っても無駄だということよ」
 

 
「あら、梓ったら酷いわ。そりゃあ確かに彩子ちゃんは綺麗だし気が利くわよ」
 


 
失礼なことを言ってしまったなと梓が舌を出しながら、空になったコーヒーカップを流しへと持って行く。
 

やはり彩子がいれたコーヒーの方が数倍は旨いのだと、梓は改めて思った。
 


 
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