コーヒー溺路線
「告白したのかと思ったのに……」
「ははは、そう簡単にはいかなくてね。俺はその女の子と特別親しかったわけじゃあなかったし」
「そうなんだ……」
彩子が気の抜けた顔で頷いた。
「この店を始めてから恋はしたの?恋人がいたことはある?」
矢継ぎ早に彩子がマスターへと質問を投げ掛ける。
「もちろん。彩子ちゃんがここへ来るようになってからは恋人はできていないけどね」
「ふうん」
「恋はしたよ。相手は年上のこともあれば年下のこともあった。客だったこともあるし、昔の同級生だったこともある」
「……」
「だけどね、それこそ彩子ちゃんが言ったように会うことができただけで良かったんだ」
「だから結婚をしないの?」
「好きになった相手全員と想いが通じ合おうということは最早奇跡だろう?相手に恋人がいることもあれば、既婚者だっている。次第に見ているだけで良いと思うようになったよ」
「でもやっぱり、結婚をして生涯を共にしたい相手がいたんじゃあないの?」
「長く付き合えばそうなっていたかもしれない。だけど今となっては、間違なくあの時だけの気持ちだったんだろうと思うよ」
マスターは彩子の目を見てしっかりとそう言った。自分の想いに間違いはなかったのだと、彩子にせめてもの目配せだ。