コーヒー溺路線
 

「松太郎さんはもう婚約したのかな……」
 


 
彩子は呟いた。
 


 
「……」
 

 
「どんな女性なんだろう。その人に会えば吹っ切ることができるのかな」
 

 
「……」
 


 
マスターは黙っていた。
今の彩子には何を言っても仕方がないと思ったのだ。今の彩子には松太郎の言葉しか真実はない。
 

彩子は酒を飲むようにグイッとマグカップで残りのコーヒーを飲み干した。
 


 
「どうしてこんなに好きなのかな」
 

 
「……」
 

 
「好きでい続けるのは苦しいからもう止めたいのに、どうして止められないの」
 


 
マスターはふと何かを思い立ったように冷蔵庫へと向かって歩いていった。
彩子は不思議そうな顔でそんなマスターを見ていた。
 


 
「マスター」
 

 
「うん」
 

 
「何をしているんですか?」
 

 
「まあもう少し待って」
 


 
マスターは冷蔵庫の中の物を避けながら何かを探しているらしい。
彩子は続けた。
 


 
「ねえ、マスター」
 

 
「ああ」
 

 
「きっと松太郎さんはこれから、私ではない誰かと所帯を持つのね」
 

 
「……」
 

 
「運がないのかな、靖彦の時だってそう」
 


 
彩子が俯いて溜め息を吐く。
マスターは探していた何かを手にして彩子の方へと歩み寄る。
 


 
< 209 / 220 >

この作品をシェア

pagetop