コーヒー溺路線
「松太郎さんはもう婚約したのかな……」
彩子は呟いた。
「……」
「どんな女性なんだろう。その人に会えば吹っ切ることができるのかな」
「……」
マスターは黙っていた。
今の彩子には何を言っても仕方がないと思ったのだ。今の彩子には松太郎の言葉しか真実はない。
彩子は酒を飲むようにグイッとマグカップで残りのコーヒーを飲み干した。
「どうしてこんなに好きなのかな」
「……」
「好きでい続けるのは苦しいからもう止めたいのに、どうして止められないの」
マスターはふと何かを思い立ったように冷蔵庫へと向かって歩いていった。
彩子は不思議そうな顔でそんなマスターを見ていた。
「マスター」
「うん」
「何をしているんですか?」
「まあもう少し待って」
マスターは冷蔵庫の中の物を避けながら何かを探しているらしい。
彩子は続けた。
「ねえ、マスター」
「ああ」
「きっと松太郎さんはこれから、私ではない誰かと所帯を持つのね」
「……」
「運がないのかな、靖彦の時だってそう」
彩子が俯いて溜め息を吐く。
マスターは探していた何かを手にして彩子の方へと歩み寄る。