コーヒー溺路線
「これから毎年、私は七夕の日にずっと私の部屋へいます。その鍵はもちろん私の部屋の鍵です」
「……」
「松太郎さんがここへ現われたその時には、松太郎さんはもう婚約どころか結婚をしていて、子供さえいるかもしれない。心変わりをしたならばそれでも構わないから、その時はこの鍵を捨ててもらえれば幸いです」
彩子は目を伏せて幸せそうな表情を浮かべていた。
マスターは少し表面に汗をかいたチョコレートを睨んで、そんな彩子を極力見ないようにした。
「だからね、七夕の日に私に会いに来て下さい。何年でも、何十年でも待ちますから」
「……」
「ねえ、マスター」
彩子は伏せていた目を開いてちらりとマスターを見上げた。
マスターは首を傾げた。なんだい、といつものように返そうとしたが声にはならなかった。
「私ってば何十年も松太郎さんを待つ自信があるのよ。凄いでしょう。きっとこの想いのしつこさは彼の未来の奥さんにも負けないわ」
ああ、彩子の幸せそうな顔の理由はそこにあったのだとマスターは思った。
限り無くある多大な自信が彩子をそうさせている。
「そうか……。藤山君は幸せ者だな」
余りに彩子が自慢をするかのように笑うので、マスターはなんだかおかしくなって苦笑した。
松太郎が父親の秀樹の跡を継ぐことになり、社長へ就任したのはそれから間もなくのことであった。