コーヒー溺路線
「何の鍵ですか?」
「彩子ちゃんの部屋の鍵だ。もちろん場所は解っているだろう?」
彩子という言葉に松太郎は異常なまでの反応を見せた。身を乗り出して松太郎はマスターへ迫る。
「どういうことですか」
「彩子ちゃんから伝言を頼まれていたんだ。もし君が今後ここへ来るようなことがあれば、伝えて欲しいと」
「伝言……」
「良いかい、よく聞くんだよ」
マスターがあの日の彩子の言葉を忠実に述べてゆく内に、松太郎の顔は色をなくしていった。
眉根を寄せて今にも泣きそうな顔をしている。
「彩子ちゃんは七夕に会いに来て下さいと言っていた。七夕だぞ、興奮のあまりに約束を破っては駄目だ」
「ああ、そんな……。どうして一年間も待たせてしまったんだ、知らなかったとは言え」
「彩子ちゃんは婚約がどうとか言っていたけど、それは本当なのか?」
「婚約なんて疾うに破棄しているんです。まさか。彩子は他の人と付き合って幸せにしていると思っていたのに」
「……七夕まで待つんだぞ。彩子ちゃんの想いを無駄にしてくれるな」
松太郎はリボンのかかった鍵をひしと握り締めた。それからその鍵をマスターの手へ握らせた。
マスターは驚いた。
「どういうことだい、まさか」
「違います。来年の七夕の日に、彩子を迎えに行く前にここへ再び取りに来ます。持っていたら今直ぐにでも押しかけてしまいそうなので……。すみません、マスターが持っていて下さい」
「……ああ、そうしよう」
そうして松太郎は意を決し、コーヒーショップを出た。