コーヒー溺路線
仕事で忙しく、とても疲れている日も松太郎は必ず寝る前に部屋のカレンダーのその日の日付にバツ印をつけていた。
まるで遠足や修学旅行を待ち侘びている子供のような心境だった。
「今晩は、マスター」
しかし長いはずの一年間も、時が経ってみると早いものでその日は七夕だった。
彩子の誕生日である。
松太郎は宣言した通りにマスターに預けた鍵を取りにコーヒーショップへ行った。
松太郎は仕事に都合をつけて、今日だけは早く帰ることができるようにした。
時刻は午後七時半を回っている。
「やあ、藤山君」
「コーヒーを一杯下さい」
「良いのかい?もう待っているかもしれないのに。いや、きっと今日はずっと待っているんだろうな」
「……。やっと迎えに行くことができるのだと思うと不思議なもので、妙に冷静な自分がいるんです。早く行けば良いのに緊張もしているし、情けないです」
松太郎は照れ臭そうに笑った。
マスターもいつも通り穏やかに微笑んで、松太郎に熱いコーヒーをいれた。
「ほら、コーヒーだ」
「ありがとうございます」
非常にゆっくりとした時間が流れていた。松太郎は彩子を思い浮かべてはコーヒーを飲み、飲み干すと同時に席を立った。
「ごちそうさまでした」
「ああ。ほら鍵だ。今度は絶対に離すなよ」
「ありがとう」
松太郎はコーヒーショップを出て、車に乗り込んだ。高鳴る胸を抑えてハンドルを握る。