コーヒー溺路線
 

「ご馳走様でした」
 


 
彩子は丁寧に両手を合わせてぺこんと頭を下げた。何となく育ちの良さが見て取れる仕草だった。
 

パックやペットボトルをきちんと捨てると、彩子と松太郎は休憩を終えた。
 


 
「さて、働きますか」
 


 
この会社の定時は六時である。
その定時まではあと二時間半程ある。
 

二人はそれぞれこの仕事を終えた後にコーヒーショップへ行くことを楽しみに、またコンピュータと睨めっこを始めた。
 


 
「富田さんごめん、コーヒーのおかわりをお願い」
 

 
「はい」
 


 
定時に至るまでは何度かこの部署の社員が彩子にコーヒーのおかわりを頼んだ。もちろん松太郎もである。
 


 
「よし、そろそろ六時だ。皆お疲れ様」
 


 
部長の根岸が言った。社員達は各々伸びをしたり首や肩を回していたりする。彩子も同じように溜め息を吐いた。
 

後は部屋に持ち帰って仕上げよう、と彩子は思いながら鞄の中に入れている真っさらのMDにデータを書き込んだ。それから五冊のファイルを資料室へ返しに行くことも忘れないようにと案じながら。
 


 
「残業する人はいないか?私はこのまま会議に行くので後は頼みます」
 


 
根岸はそう言って立ち去った。
結局この部署には二人程残業をする社員がいたので、彩子や松太郎などは先に帰ることになった。
 


 
「お先に失礼します」
 


 
社員達は口々に言うと足早にエレベーターへ向かって行った。松太郎も彩子に目配せをして、二人はエレベーターに向かった。
 


 
< 23 / 220 >

この作品をシェア

pagetop