コーヒー溺路線
「靖彦」
彩子はそう呟くと逃げるように資料室を出ようとした。資料室の入口の扉にもたれていた松太郎の目の前を彩子が走って通り過ぎた。
「あれっ、富田さんっ」
あまりの出来事の早さに松太郎は身動きが取れずにいた。先程まで彩子がいた資料室の中を見るとそこにはスーツの男性が立っている。
「……」
「逃げられてしまいましたね」
「え?」
「貴方、彩子の連れですか」
「連れというか、富田さんと同じ部署の藤山と言います」
口角をぐいと吊り上げて怪しく笑うその男性に、松太郎は少しだけ嫌悪感を感じた。
「そうですか。林靖彦と言います」
「どうも」
急の自己紹介に松太郎は戸惑いながら、とりあえず頭を下げて彩子のあとを追った。
彩子の走って行った方向に向かって少し走ると、曲がり角の先に彩子はうずくまっていた。
「富田さん」
できる限り優しく、松太郎は声をかけた。彩子は急に背後からした声に少し驚いたようで、肩をびくりとさせた。
立てますか、と松太郎が聞くと彩子は少し顔色の悪い顔で振り向き、大丈夫だからコーヒーショップに行きましょうと松太郎を促した。