コーヒー溺路線
 

「解ってるわ」
 

 
「……」
 

 
「私は大丈夫よ、靖彦。解ってるわ」
 


 
何が大丈夫なのか。
靖彦は彩子の肩を掴んだまま、この掴んでしまったやり場のない手を見て後悔した。
 

彩子はこちらに顔を向けようとはせず、傘を開こうとしていた手をゆっくりと離した。
 


 
「解ってるわ」
 

 
「何が」
 

 
「だから、私とは結婚式を挙げないのね」
 


 
ああ、彩子にも解っていたのだと靖彦は思った。
今自分が恋をしている相手は奈津である。それなのに俯いたままの彩子がいじらしく抱き締めたいと思うのは、やはり正妻だからだろうか。
 


 
「近々あの部屋を出るわ。私のことはもう気にしないでね、大丈夫だから」
 

 
「彩子……」
 

 
「もっと早くに気付けば良かったわ、ずっとごめんなさい」
 


 
そのまま彩子は傘も指さずに走り去ってしまった。しかしそんな彩子を追いかけることはできない。絶対にできない。
 

靖彦はそのまま奈津のいるアパートへと戻ることにした。
 


 
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