コーヒー溺路線
「えっ、離婚したの?」
目の前にいる女は驚いて言った。
その女は彩子を見ながら驚きにうち震えているようだ。
「落ち着いて、葉月」
その日彩子はカフェにいた。友人と会う約束をしていたからだ。
その女は高戸葉月と言った。彩子の大学時代からの友人である。
葉月は今二児の母親で、大学の時に心底惚れ込んだ今の旦那と結婚をした早期結婚組だ。
「離婚だなんて、どうして」
「いや、何と言えば良いのかな」
「価値観が合わなかったの?」
「いや、お互いが愛し合っていた訳ではないと言うか」
「そんな……」
葉月は残念そうに俯いた。
落ち着いた深緑色のワンピースにかかる淡い栗色の髪が少し下がった。
彩子が靖彦と離婚をしたのは一週間も前のことだ。あの後直ぐに彩子は荷物をまとめ、靖彦に連絡をした。
電話をかけることにとても勇気が必要だったし、勇気が必要になったことが悔しくて少し意地を張った。靖彦はただ淡々と解ったと言っていた。
離婚届は彩子が用意し、靖彦のマンションに置いてきた。ちゃんと記入し記入漏れがないことも確認の上だ。
彩子が予想もしていなかったのは、引っ越すと言ったら靖彦が金を出すと言い出したことだった。せめてもの償いだろうか、その厚意は受け取ることにした。
彩子自身、またマンションを買うということはこれからの生活に支障が出ると解り切っているからだ。
引っ越したマンションは最近建てられたばかりの新しいものだった。