コーヒー溺路線
「マスター、今晩は」
「彩子ちゃん、仕事お疲れ様」
彩子は仕事帰りにいつものコーヒーショップへ立ち寄った。マスターは相変わらずカウンターの向こう側でコーヒーを飲んでいる。
彩子が前に来たのは靖彦と鉢合わせをしたあの雨の日だ。
葉月と会った三日後だった。
マスターはいつものように彩子専用のマグカップにコーヒーをいてた。
「この前はえらく落ち込んでいたようだけど、その後旦那とは上手くいってるかい」
「それがね、マスター」
彩子はマスターに向かいへらりと笑った。マスターは変わらずコーヒーを飲んでいた。
「離婚したの、私」
「離婚?」
「そう、ついにね」
マスターは驚いているのかいないのか解らない表情で黙っていた。深く追及しようとは思わないらしい、こういうところは葉月に似ている。
「他に良い人ができたのよ、きっと。そういえばあの人が一度もあの部屋に帰って来ないまま私が先に出ちゃった」
「そうか」
「帰って来なくなったあの日から、何となく解ってはいたんだけどね」
やっぱりきついなあと溜め息を吐く彩子をマスターは見つめていた。