コーヒー溺路線
「大丈夫?富田さん」
「すみません、少し飲み過ぎました」
「小野さんが張り切ってるからなあ」
「ふふ、嬉しいです」
松太郎はゆっくりと彩子の腕を引いて店の外へ出た。店の前にある少し寂れたベンチに座らせ、自身も隣りに座った。
松太郎の隣りで彩子の手が震えていた。どうも体に力が入らないらしい。
「もう帰る?富田さん明日は休暇だろう」
「でも私が歓迎されているのに申し訳がないです」
「それでも無理は駄目だ」
「ごめんなさい」
叱られた子どものように彩子はしょんぼりと肩を落としてみせた。そんな彩子を松太郎は困ったように笑いながら見て、俺も帰ろうかなと呟いた。
「あ」
「どうしたの?」
「今藤山さん、俺って言った」
「ああ」
思い当たる節があるような顔で松太郎は頷いた。仕事上松太郎は、人前では常に自分を私と呼ぶようにしている。
「なんだか新鮮です」
「普段は私だなんて使わないからね、気を抜くと素が出てしまうな」
隣りでくつくつと喉を鳴らして笑う彩子を見ながら、松太郎は気をつけないとと呟いた。