コーヒー溺路線
タクシーに乗り込み、松太郎は声が小さ過ぎて何を言っているか解らない彩子の口元に耳を寄せ、彩子のマンションの場所を聞き出した。
「大分酔ってますねえ、お客さん」
「そうなんですよ、全く職場の人に飲まされてフラフラしちゃって」
「ははは、飲まされたんですか」
気さくな運転手とたまに会話をしながら松太郎は彩子を見ていた。
この幼げな女性に既婚の経験があるとは誰が思うだろう、と松太郎は思った。
あのコーヒーショップのマスターが言っていた酷い旦那とは、資料室で出会った林靖彦という男性だろうか、いや、きっとそうなのだろう。松太郎はタクシーに揺られながらそんなことを思った。
彩子と松太郎は親しい関係ではない。まだ出会ったばかりで仕事仲間、年は違えど同僚である。
深入りをする必要ではないのに、これほど彼女のことを気にしてしまうのは何故か、瞼が重くなり始めた彩子を見つめているとタクシーの車体が停まるのが解った。
「ありがとうございます。すみません、部屋まで送ってくるので待っていてもらえますか」
「もちろんですとも、このまま待っていますよ」
歩くことができそうにない彩子の腕を引き、無理やりタクシーから降ろすと声をかけて鍵を出させた。