コーヒー溺路線
 

社長である松太郎の父親のオフィスの扉を二、三度ノックする音が聞こえた。どうぞと社長が言うとゆっくりと扉が開き、一人の中年男性が入ってきた。
 


 
「失礼致します。遅くなって申し訳ありません」
 

 
「いや、ご苦労。忙しい中急用ですまないがこれが私の息子だ」
 

 
「企画発足部部長の根岸です、よろしくお願いします」
 


 
眼鏡をかけた根岸はそう言って頭を深く下げた。こちらこそと頭を下げながら松太郎は、とても誠実そうな人だと思った。
 


 
「松太郎。明日よりお前にはこの企画発足部に勤務してもらう。そこで今のこの社の状態を把握し企画発足を中心に動いてもらいたい」
 

 
「企画発足をですか、解りました」
 

 
「企画発足部については今後この根岸に聞くようにな」
 

 
「企画発足部のオフィスは六階にありますので、何かあれば申し付けて下さい」
 


 
そういった仕事の話を終えると根岸は自分の部署へ戻っていった。なかなか信頼できそうな部長だなと松太郎は思い、閉まった扉をしばらく眺めた。
 


 
「いくら私の息子とはいえ、根岸はお前の上司だ。下手に行動するな」
 

 
「もちろん。新入社員のつもりで頑張るよ」
 


 
社長である父親を見ると、相変わらずコーヒーを飲んでいた。好きなものも似てしまったかと少し自嘲的な溜め息が漏れた。
 


 
「それじゃあ父さん。今日はもう帰るよ」
 

 
「ああ、社員は基本的に八時半までに出勤だ。遅れないように」
 

 
「ああ、もちろん」
 


 
そのオフィスを出ると、もう太陽は西へ傾こうとしていた。
 


 
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