コーヒー溺路線
 

「酔いは完全に醒めたみたいだね」
 

 
「やっぱり私、酔っていました?」
 

 
「小野さんに散々飲まされてフラフラしていたから、先にタクシーで帰らせてもらったんだ」
 


 
便乗して私もね、と松太郎が爽やかな声で付け加えると彩子は安堵した。
信頼を置くことのできる松太郎で良かったと思った。
 


 
「本当にすみません。居酒屋に行って飲み始めた頃のことは覚えているんですが、その後は全く何も……」
 


 
覚えていなくて、彩子がそう言うと松太郎は困ったように笑ったようだ。彩子は急に恥ずかしくなった。
 


 
「全く覚えていないんだな。ああそうだ、ちゃんとスーツは着替えているかい?」
 

 
「あ、はい。ちゃんと着替えて寝たみたいです、お化粧も落としているし」
 

 
「そう。一人暮らしの女性の部屋にズカズカと押し入るのは気が引けたから、着替えるようにと忠告だけはしておいたんだけど。そうか、着替えているなら良いんだ」
 

 
「何から何まですみません、送って頂いてありがとうございました」
 


 
この辺りまで話が進む頃には緊張もなくなり、彩子はいつものように松太郎と話すことができた。
 


 
「富田さんは今日何か用事はあるかな」
 

 
「今日は特に何もないです、久しぶりの休みなので少しゆっくり過ごそうと思っていて」
 

 
「そうなんだ。いやね、暇なら一緒に食事でもしないかなと思って」
 

 
「え」
 

 
「ああ、嫌ならいいんだ、ごめんね」
 


 
そんな、嫌だなんてと慌てて答えながら彩子は再び鼓動が速くなるのを感じた。
 


 
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