コーヒー溺路線
松太郎は自分のマンションから車で彩子の住むマンションへ向かっていた。
彩子から電話がかかってくるということは正直少し予想をしていた。律義な彼女は目覚めた後にきっと慌てて何らかの形で連絡を取ってくるだろうと思った。
それは大した驚きではなかった。
それは驚きではなかったのだが、予想もしていなかったのは無意識に自分が彩子を食事に誘っていたことだった。
淡々と彼女を誘う自分の口に驚いた。
しかし、彩子がもちろん喜んでと言ったときは確かに気付かれぬよう安堵の溜め息を吐いた。
つまりは嬉しいと思ったのだ。
「藤山さん」
マンションの前に車が到着したと同時に彩子が松太郎の車を見付け、手を振りながら声をかけた。
今会っていることが会社内ではないのだという事実と、彼女がいつも身に着けていたタイトスカートが今日は落ち着いたミルクティー色のフレアスカートに変わっているという事実が、松太郎を舞い上がらせた。
まるで初恋をする少年のようだ。
「おはようございます」
「おはよう、さあ乗って下さい」
お邪魔します、と彩子は小さく呟いて松太郎の車の助手席に乗り込んだ。
時計は午前十一時を指している。
「少し昼食には早いけど、女性が好みそうな喫茶店があるんだ。平日も休日も十二時になると混むから調度良い時間だな、そこで良いかな」
「はい、お任せします」
彩子を乗せた松太郎の車は進み始めた。