コーヒー溺路線
「はい、ご注文をどうぞ」
「私はこの、トマトソースのパスタで」
「私は海老グラタンを」
「かしこまりました、少々お待ち下さいませ」
ああ、楽しみと彩子はメニューの冊子をテーブルに置いた。松太郎は来る度に違う物を注文してみると良い、何でも旨いのだと彩子に話した。
「あのう、今日はどうしたんです?驚きました、まさか誘われるとは思っていないので」
彩子がぽつりぽつりと申し訳なさそうに言った。松太郎はどうしたものかなと思った。特に理由はないのだ。ただ彩子と会いたかったというだけで。
「ごめん、迷惑だった、よね」
「そんな、迷惑だなんてそんなことないです。家にいても暇ですし、全然嬉しいです」
松太郎の哀愁ある物言いに彩子は慌てて首を勢いよく横に振った。そんな彩子を見て松太郎は安堵の表情を見せた。
ああ、狡い人だと彩子は思った。私はきっとこの人には逆らうことができない。
この感覚を、この雰囲気を彩子はどこかで感じたことがある。
そうだ。あの時の、彩子が靖彦と出会ったあの頃のこの感覚だ。
これはいけない、まずいと彩子は思った。