コーヒー溺路線
「美味しい」
「専門店には敵わないけれど、なかなかこだわりのある喫茶店でしょう」
本当、と彩子はコーヒーに何度も口を付けた。松太郎はそんな彩子をただ見ている。
彩子がコーヒーを飲み干すと松太郎が席を立ったので、彩子も慌ただしく席を立った。
「お会計が千八百九十円になります」
注文を取りにきたウェイトレスとはまた別のウェイトレスが言った。
会計をしようと彩子が鞄の中にある財布を取り出そうと目を離した隙に、あっと言う暇もなく松太郎は千円札を二枚、ウェイトレスに渡した。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「藤山さんっ、いけませんっ」
ウェイトレスから釣り銭を受け取ると松太郎は彩子の前を早々と歩いてゆく。
彩子は松太郎に奢られたのだとようやく認識すると、酷く狼狽して松太郎に駆け寄った。
「いいんだ、俺が誘ったのだから」
まただ。
また、松太郎が一歩こちらへ踏み込んできたのだ。彩子の中へ、踏み込んできたのだ。
途端に顔が紅潮したのを感じ、彩子は口を紡いで顔を隠すように俯いた。そんな彩子を見て、松太郎はくすりと笑っている。
「これからどうしようか、富田さんは今日は一日中暇なのかな」
「はい、暇ですけど」