コーヒー溺路線
「警戒しているかな」
「え……」
困ったように言う松太郎に、彩子はやっと話すことができた。
松太郎はハンドルに寄り掛かるようにしてこちらを見ていた。
「急にあんなことを言ったから。ごめん」
違うのだ、とは簡単に言葉にできず彩子は強く首を横に振った。松太郎はそんな彩子を見て再び苦笑を漏らした。
その後、彩子が当分の間松太郎を見つめていると松太郎は急に真剣な表情になった。
「ごめん」
「……」
「君が資料室を飛び出したあの時、あそこにいた林と言う人が君の前の旦那だとマスターに聞いた」
それを聞いた彩子の眼は深い哀しみに揺れているようだと、松太郎は思った。
不思議と彩子はあまり驚いている様子ではない。
「マスターから聞いたんですか」
「うん。済まない」
「隠している訳ではないんです、ただ」
ただと彩子は続けて窓側へ視線を向けた。
「幸せだったのに」
嘆くようにそれだけを呟いた彩子の眼に、何か光るものが見えた。