コーヒー溺路線
 

このままキスでもしてしまおうか。
松太郎の欲望はむくむくと膨れる。
ああ、どうしよう、頭を抱えたくなる程の近い距離に可愛らしい女性がいるのだ。
松太郎も男だ、雄なのだ。
 


 
「藤山さんはこれまでに、結婚をしようと思う程愛した女性がいますか」
 

 
「結婚、ですか」
 

 
「私はあの頃確かに彼を愛していて、一生一緒にいたいと思っていました。彼はきっとそうではなかったけど」
 


 
かける言葉が見つからず、運転をしている最中ということもあり松太郎は彩子を見ることもできず耳だけを傾けた。
 


 
「もう、懲り懲りなんですよ。愛するだなんて、結婚だなんて」
 


 
自嘲気味な響きを含んだ彩子の声が儚く宙に消える。
 

この車はどれくらい走ったのだろう。
喫茶店の駐車場を出て、沈黙の時間の方が話している時間よりも長くて、つまりは随分と遠くまで来てしまった。
 

松太郎は再び黙り込んだ彩子に注意しながら車を停めた。
 

彩子と松太郎が住むあの街から車で一時間。
 

海に辿り着いた。
 


 
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