コーヒー溺路線
「海……」
ぽつりと彩子は呟いた。
松太郎は黙っている。
「恋だ愛だと、くだらないと思うようになったんです。あれから」
「……」
「人の感情程曖昧で脆いものはないのに」
彩子も松太郎も車から降りようとはせず座席に座ったままだ。車のエンジンは疾うに切ってある。
「恋に浮かれたり、愛に溺れたり雰囲気に流されたり。そんな感情は要らないから、私だけは損をしないようにと」
思うようになったんですと彩子は一人で続けた。松太郎は黙ったまま彩子を見つめる。
車のデジタル時計は午後一時三十分を指している。
「流されまいと、思うように」
それでもまた、彩子は思うのだ。
松太郎は気付いてしまうのだ。
この人に恋をした。
恋に墜ちた瞬間だった。
恋に墜ちた瞬間だった。