コーヒー溺路線
「お邪魔します」
「どうぞ」
彩子の住むマンションに着くといつものように松太郎はお邪魔しますと言った。彩子はそんな風に無意識にも礼儀正しい松太郎を心地よいと思った。
「それじゃあハンバーグを作るので座って待っていて下さいね」
「ああ、ありがとう。あっ、待って」
彩子はダイニングキッチンへ向かった。
それからふと思い直して松太郎は彩子を引き止めた。
彩子は不思議そうに振り向いた。
「彩子」
「はい」
「彩子、着替えないの?」
「えっ」
彩子はいまいち理解できていないように首を傾げた。着替えなければならないということもないし、松太郎の言う意図が掴めない。
「えっと、着替えなければ駄目ですか?」
「駄目という訳ではないけど、俺の男のロマンというかなんというか」
「ロマン?」
ああ今日初めて松太郎が自分のことを俺だと言った、そう思いながら彩子はまだ不思議そうにしている。
松太郎はだんだん恥ずかしくなってきたようで、俯いてしまった。
「今は仕事から帰ったばかりでスーツだろう。スーツだと堅苦しいからこの前のように私服がいいな、と思ってみたり」
言うだけ言うと松太郎は顔を背けてしまった。