コーヒー溺路線
彩子はくすりと笑った。
松太郎は相も変わらず俯いている。
「それじゃあ着替えることにします」
「ごめんよ、変なことを言ってしまった」
「いえ、そんなことはないです」
むしろ彩子は内心喜んでいる。
なんだか松太郎が自分に心を許してくれているように感じられたからだ。
恥ずかしくも彩子はこのようなとき、松太郎に抱かれたいと思う。
ああ、早く松太郎のものになれたなら。松太郎の所有物になりたい。そう思う、強く。
「着替たので今から作りますね」
「ああ、ごめんよ」
彩子は再びくすりと笑った。
堅苦しいスーツからラフな私服に着替えた彩子を見て、松太郎は溜め息を吐いた。
「いとおしい」とはこんな気持ちだろうか、と松太郎は思う。
彩子と恋人同士になってからどれ程こんなに切ない気持ちになっただろう。それは計り知れない。
松太郎は緩む口元を手で隠すように覆うと彩子を見つめていた視線をテレビに移した。
画面には何も映ってはいないので、慌ててリモコンを手に取りテレビの電源を入れた。
「松太郎さん。ケチャップと和風ドレッシングとどちらが良いですか」
「あ、ケチャップが良いかな」
「了解です」
慌てたようにケチャップだと返事をした松太郎が子どものようで、彩子はなんだか笑ってしまった。