翼に甘くキスをして
--------‥
----‥



「翼さま、翼さま」

「はっ」



目が覚めた。

そう。私は、いつの間に眠ってしまったんだろう。



「おはようございます、翼さま」



私を呼んでいたのは、いつもヒロくんと一緒にお見舞いに来てくれていたお姉さんだった。



「おはよう‥ございマス」



こうやって起こされるの、初めてで。

いつもは、病院が起き出したバタバタ感とか朝の音楽とかで目が覚めるから。



「翼さま、洗面台は1階にございますのでご案内致しますね」



昨日、案内する前に寝てしまったからと、お姉さんは優しい笑顔を見せながら話してくれた。

それから、お手洗いとか洗顔とかを済ませて制服に袖を通す。

今日の空も綺麗な青で、太陽だって柔らかく元気だった。



「あの‥」

「何でしょう?」



いつもはスーツを着ているお姉さん。でも今日は私服だし、今は可愛いエプロンをしながら朝ご飯を作ってくれている。



「ヒロ、くんは‥」



するとお姉さんは、私の前にコトリとハムエッグの乗ったお皿を置き、少しだけ寂しそうに目を細めた。



「大空さまは、先に行かれましたよ」

「先に?」

「はい。なんでも、先に片付けなければならない用事があるとかで‥」



いつもなら、焼きたてのパンの香りにとてもウキウキするところだけど、そんな気分には‥なれなかった。


昨日、言葉が出てこなかった私。何を言えば良いのか解らなかった私の頭に、ポンと手を置いたヒロくん。

そのまま何も言わずに、背を向けて出て行ってしまった。


私は、わた‥しは--‥



「翼さま?」



その落ち着くような声に、私の視界がぼやけていく。



「や、どうなさ‥」



ピーンポーン。

私の目からポロリと落ちたその時、どこからかベルが鳴り響いた。

お姉さんは私の顔を覗き込んで微笑む。そして、私にハンドタオルを手渡すと、パタンとドアを開けて出て行ってしまった。


ヒロくん。急に遠くなってしまったヒロくん。

ずっとずっと一緒だったヒロくんが、もう‥戻ってこないような気さえした。



「私のこと、嫌いになっちゃったのかな」



その時--‥



「そんなハズないよ」



聞こえた明るい声に振り向く。



「おっはよ、翼ちゃん」
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