翼に甘くキスをして
「翼ちゃん? そろそろ降りないと、遅刻しちゃうんだけどな」



言われて辺りを見回せば、もう学校の駐車場にいた。

車を降りて、送ってくれた男の人にお礼を言う。するとその人は、ペコリと頭を下げた。



「おはようございます、会長」

「おはよ」

「桜木会長、おはようございますっ」



昨日のヒロくんへの挨拶もたくさんだったけど、華さんへの挨拶も凄くいっぱいだ。



「ん? どうしたの?」



いつの間にかじぃっと華さんを見ていた私に、大きな吊り目が優しく笑いかけた。



「ご挨拶‥いっぱいで大変そうだなって」



すると華さんは、短く笑って、少しだけ息を吐いたんだ。



「昔からだから。慣れたよ」



その意味が理解出来ない私。ヒロくんといい華さんといい、何か遠回しに言うからよく解らない時がある。



「あ、だーいちー」



華さんが呼んだ方向に目を向けると、たるたると眠そうに歩いている背中。

振り返った顔も、眠たそう。ん? 眠たそう?



「やだ。なにその顔っ」



近付いてよく見ると、左の頬が赤く腫れて、目を押し潰していたんだ。



「‥大空さん」



ボソッとヒロくんの名前を呟いた小金井くん。

私の頭にはハテナが浮かんだけれど、華さんは何かを察したようで。



「あー‥。ずいぶん派手にやったねぇ。大丈夫なの?」



と、心配する言葉を出す反面、ちょっとだけ笑ってた。



「これが大丈夫なように見えっかよ。ったく‥」

「やっぱりね、アイツの勘違いだったみたいよ?」

「勘違いでこんなんにされたワケ? 俺」



するとまた華さんが笑った。

昨日みたいにまた笑いの止まらない様子の華さんを見ながら、ふっと小金井くんの方に視線を動かすと。



「お前、俺に何したんだよ」



怖かった。


昨日ヒロくんが教室に来た時、私が小金井くんに近付いて何をしていたか。

それが知りたかったらしい2人。

だから私は、寝言のことを話したんだ。



「っ、なんだよ。それだけかよ」

「まー、おかしいとは思ったけどねぇ」



すると、小金井くんは頭を抱えるようにうなだれ落ちて、華さんは目の端に溜まった涙を拭ってた。

そんな話をしながら華さんと別れ、小金井くんと一緒に教室へ入る。


その瞬間。


教室内が、一気に静まり返った。
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