翼に甘くキスをして
真っ直ぐなこの廊下。

真っ白で、どこまでも続く廊下。


ほら。

すれ違う全てのヒトが、私を見ては後ろへ一歩、足を動かす。


何で? 何で?


色んな所で曲がって、色んな所で階段を使った。

やがて息が切れて、すれ違うヒトも居なくなって。



「何で‥?」



小金井くんは言った。

“今はダメだ”
“今は耐えろ”

それは、どういう意味?小金井くんは何か知ってるの?

私は知らないことが多すぎる。どこで教えてもらえば良いの? 誰が教えてくれるの?



「う‥」



寂しかった。悲しかった。まるで、独りぼっちみたいだった。

込み上げてくるそれは、胸をギュッと締め付けて、視界をゆらゆらと揺らしながら滲ませていく。



「ヒロ、くん‥」



ずっと一緒に居たはずのヒロくん。そのヒロくんですら、昨日は何かがおかしかった。

私が外に出たいって言ったからいけないのかな。


やっぱり、おとなしくあの白い箱の中に居ればよかったのかな。



「ヒロくん‥」



誰も居ない空間に、その名前が響いてた。そして、何度呼んだだろう。

開け放たれた大きな窓からは、背の高い木の真ん中くらいの枝が見える。


私の病室も、このくらいの高さだった。

毎日毎日窓の外を見ていた日々。

銀色の額縁は、私と外とを隔てる厚い壁だった。


でも--‥



『一緒に遊ぼうよ』



それを跨いで声をかけてくれたのは、ヒロくんだった。

ずっと、ずっと憧れてた大きな空。こんな近くに来てくれた。私に自由をくれた。



「助けて‥ヒロくん」



もう少しで手の届きそうな立派な枝に、気が付けば、身を乗り出して触ろうとしてた。

その時。



「危ないよ」



ユルく響いた、低い声。



「落ちちゃうよ?」



緑色の宝石みたいな瞳が、私を見ていた。



「おいで」



伸ばされた左手に吸い寄せられるように、私の足が動き出す。



「泣かないで」



頬に触れた手は温かくて。



「行こう」



絡まった5本の指は、とても優しい。


いつの間にか、ギュッと痛かったはずの胸は、トクントクンと柔らかい鼓動を刻んでいた。


私、このヒトと居ると、なんだかホッとする。
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