翼に甘くキスをして
連れられて入ったのは、昨日と同じ音楽室だった。重そうな扉を開いて、私を先に中へと入れてくれる。

昨日と同じ時間。

だから同じ場所に陽だまりができていて、私の手を引く彼は、真っ直ぐそこに向かっていった。


またお昼寝するのかなと思って、座りながらスカートを正したけど、彼は手を離すことのないまま、壁にもたれるようにして座った。


投げ出した長い脚。私も真似するように伸ばしてみたけど、まるで子供と大人みたい。



「ふふ」

「なーに笑ってんの」



右を向けば、お日様の光にキラキラしてる真っ黒な髪。綺麗な横顔だ。



「大人と子供みたい」

「うん」



短い相づちだったけど、少し笑いを含んでいたような気がして、なんだか嬉しかった。


きゅっとしたお腹に合わせるように、ぎゅっと更に絡まった手。

私はふと、職員室での会話を思い出した。



『そーいうことは、好きな男の子にしかしちゃ駄目だぞぅ』



手を繋ぐことは、好きな人にしかしちゃいけない。

ということは、ヒロくんにしかしてはいけない。


私はヒロくんが好きなんだって。

昔から、みんなにそう言われてきたの。


繋がれた手を眺めれば、ちょっとの罪悪感みたいなのが胸をよぎった。



「どうした?」



このヒトは、目を瞑っていても見えているのかな?



「なんでも‥ないです」



手を、離したくなかった私。そう言って黙った。すると--‥



「あ‥」



するりと離された手。

手は陽だまりの中にいるはずなのに、スカスカと寒い。



「なに?」

「……いえ」



開いた瞳が、私を映していた。私はその緑色を直視することが出来ず、上履きを眺める。

大きさのかなり違う上履き。

それがスッと動き、立ち上がった。



「はい」

「え?」



伸ばされたのは、彼の右手。



「一緒に弾こう」



私の左手を預けると、さっきみたいにぎゅっと繋がった。



「俺が伴奏する」



目の前のピアノの椅子に隣同士で座って、鍵盤に繋いでいない方の手を添えた。

流れるのは、ぎこちないメロディー。

右手のパートと、左手のパートが重なる。



それはとても‥穏やかな刻。

温かい時間。




……けれど。





「風也(カズヤ)‥っ」
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