翼に甘くキスをして
「華さん‥」

「ん?」



乗ったことのない黒い車の中。運転席には、朝お礼を言ったお兄さんがハンドルを握っていた。

華さんは優しい顔をしていたけど、なんでかな。なんでこんなに……悲しいって気持ちが伝わってくるのかな。


聞きたいことはいっぱいあるの。

ヒロくんのこと、小金井くんのこと、華さんのことも、あのヒトのことだって。

もう、何がなんだか解らないの。


みーんなが繋がってるのに、私だけが弾かれているようで。

私だけが何も知らない。


ううん。何を知らないのかすら、ワカラナイ‥。



「ね、翼ちゃん」



太陽が、暖かな光を車内に運んでるの。



「明日からの週末の2連休、外には出ないでね」



そして私はまた、太陽から離される。

焦がれて、焦がれて、近付きたくて。



「やだ」



ずっと銀色の枠から眺めてた。



「お願い、翼ちゃん」

「嫌ですっ」



やっと、やっと直に浴びることが出来るようになったのに。自由になれたのに。

羽ばたこうとすれば、すぐに籠に入れられる。



「嫌‥」

「翼ちゃん」

「何でっ」



華さんの声が、低く掠れて。



「……翼ちゃん」



さっきと同じ。怒ったような、諭すような、強い声。



「何で‥っ、ヒロくん。ヒロくん。助けて、ヒロくん」



いつだって真っ先に飛んできてくれた。

私をあの白い箱から出してくれた。


ヒロくんに会いたい。
ヒロくんと話したい。


だってヒロくん、私をあんなに呼んでたもん。



「良い? 翼ちゃん。こんな風になるなんて、誰も予想してなかったの」



華さんの、低く掠れる強い声。

でもね、少し揺れていた気がしたから。

だから、顔を上げて、瞳を見てしまった。



「今の火野には会わないで。それに風也にも。お願い」



逆光で影になったアーモンド型の大きな目。悲しそうに目尻を下げて、キラキラしていて。



「お願い」



私はそれを了承するしかなかった。





--------‥





抗ったって、事実は無情に流れていくわ。


だって私は、紫陽花から産まれた子だもの。


< 34 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop