二 億 円
それだけ言い放ち、彌生様は立ち去っていった。
傷だらけの私や血とペンキで薄汚れた部屋なんて見向きもしなかった。
「………お母さん。」
思わず零れた言葉。
ねえ、お母さん。私は、ひなたは売られたんじゃないよね?
知らない男の人たちに、お金と引き換えに、ひなたを売り渡したんじゃないよね?
彌生様が、意地悪してるだけだよね?
「………そこの汚い人間、そんなとこにうずくまってると頭イカレるわよ。」
急に聞こえた女の人の声。
「あっ……?誰、ですか?」
「あんたあれでしょ。彌生様に買われた奴でしょ。あんたもツイてないわね。取り敢えず、手当してあげるからいらっしゃい。」
綺麗な長い黒髪に真っ白な肌。
背も高く、メイド服がとても似合っている。
この屋敷にいるメイドさんってことは…弥生様の言っていた刹那さん、だろうか。
「……刹那さん、ですか?」
驚いたように此方を見たが、すぐに冷静な顔つきに戻った。
「驚いた。まさか名前を知っているなんて。
そうよ。私は刹那。あの変態に使用人としてこの屋敷に監禁されているの。」
突っ込み所が満載である。
刹那さんは彌生様に良い印象は無いらしい。それにこの言葉遣い…
「あの、言いにくいんですけど…
彌生様に、怒られませんか?」
言葉遣いもだけれど、私と会話をしていることも。
彌生様に見つかれば、また罰を受けることに───
「ああ、大丈夫よ。許可が降りているから。あんたの手当をしとけって、さっき言われたのよ。会話も多少は構わない、少し話相手をしてあげなさいって。」