溺愛プリンス
外に出るなり、大きく深呼吸をする。
肺を満たす、春の甘い香り。
そしてそっと振り返った。
「……追って、来ないよね……」
見える先に、一般の学生しかいない事を確認して、あたしは少し早足で学校を出た。
「あ、志穂! 早かったね。今日は王子、手放してくれたんだ」
「……なんとか、ね。 てゆか、その誤解を招く言い方やめてよ」
「あははっ。でもほんとの事でしょ?」
茜があたしの言葉を聞きながらケタケタ笑う。
ジロっと茜を睨みながら、深緑の布地に『月屋』と書かれたのれんをお店の入り口にかけた。
あたしと茜は、大学の近くの和菓子屋で2年くらい前からバイトをしていた。
この『月屋』は老舗中の老舗で、なんでも創業は明治初期なんだとか。
大学の図書館と同じ時期に建てられたものってだけで、最初は胸が弾んでしまったのを覚えてる。
ケーキとかも大好きなんだけど、あたしは和菓子ひいき。
だって見てるだけで、全然飽きないの。
作り手の繊細な技術がいる、和菓子たち。
もちろんケーキにだってそう言うのは不可欠なんだろうけど。
だけど、あたしが和菓子を好きな理由はもうひとつあるんだ。
それは……。