溺愛プリンス
海をまっすぐ行く、月の道。
あたしは引き寄せられるように、柵へと手をかけた。
耳が痛くなりそう。
震えそうなほどの、静寂。
「許して……」
月の道にのって、想いが届くように。
少しでも近づくように。
柵から身を乗り出すようにした、その時だった。
唐突に手を包み込んだぬくもりが、あたしを現実へと引き戻す。
「……」
振り向くと、ハルの真っ直ぐな瞳があたしを見据えていた。
はらりと、頬に一滴の涙がつたう。
優しかったお父さん。
いつもニコニコしていたお父さん。
あったかくて、お日様みたいだった……お父さん。
あの時のあたしは子供で……、なにも考えられなくて……でも……。
お父さん……早いよ……
あたし、まだ……お父さんに、なにも……
止まらない涙が、ポタポタとハルの手に落ちた。
右手をつつむ、その力がきゅっと強くなる。
あたしは、引き寄せられるようにそのぬくもりに顔を埋めた。
「……っ、大好きだった……本当に、大好きだったの。お父さんに届いてるかな……、届いてるといいな……」
「……、そうだな」
心許なかった気持ちごと、ハルは黙って抱きしめ返してくれた。
それから、あたしが帰りたいって言うまで、ハルはずっと黙って隣にいてくれたんだ。
お父さんの命日は、あたしの誕生日。
ただ、つらい思い出だけの、6月20日。
それが今日、少しだけ色を変えた気がした。