てん ―The pure story―
「わかってもらえないのか?」
イダテンが静かにやすしに言った。
「こいつは試合を放棄した。いわば負け犬だ。したがってあんたの不戦勝になる。それでもあんたはこいつを引きずり出して叩きのめそうとする。血が昇っていて勝負しなければ気がすまないのかと思い、俺が代わると言えば断る。どうすればいいんだ」
やすしは自分に向けられている周りの目がしだいに冷めてきているのに気づいた。
いまさら後には引けないし、奈央のせいでむらむらして意地を張ったなどとは死んでも言えない。イダテンの背後からこちらを覗き見て、薄ら笑いを浮かべながら勝ち誇っているゆたかの顔が異常にしゃくにさわった。
もう、相手は誰でもよかった。どうせならイダテンと張り合って武勇伝を作るのもいいと思った。
「あんたでいいよ、イダテン」
やすしがそう言って、イダテンが頷いた。