リングは彼女に

「最近、仕事は忙しいの?」

「いや、別に忙しくは無いよ。いつもいつもキーボードを叩いているだけさ」手でキーボードを叩く仕草を見せた。

「そう……私は忙しいのよね、この間新人の子がやめちゃってさ、人手が足りないのよ」

「そうか、せっかく就職したのに勿体ないな、その子」俺にも仕事をしていなかった無職の時期があったので、仕事を辞めたその子に少し同情した。

「ええ、上司にキツいのがいるからね。結構新人に当たるのよ。『あれやったの? これは? まだ終わってないじゃない!』こんな感じでね」

「大変だな、由美のとこも」


 由美は小さく頷き、少ししてから言った。



「ええ、そうなの。大変で大変で……ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


「ああ――分かった」


 音を立てないように静かに立ち上がった彼女は、近くにいた給仕に化粧室がどこにあるのかを聞き、そのまま行ってしまった。


 これはチャンスとばかりに、俺は再びプロポーズの言葉を考えはじめた。
< 10 / 228 >

この作品をシェア

pagetop