リングは彼女に
バー「アンシャンテ」
「いらっしゃいませ」
ワックスで黒光りした髪をリーゼントにした初老のバーテンダーが無愛想に呟く。
だが、俺は別段悪い気はしなかった。
なにより、店の雰囲気が非常に良かった。青を基調にした店内は、とても落ち着きがある。
店の入り口付近にある蓄音機から、サックスやピアノの音が耳に触れる程度の音量で流れている。
この曲はベニー・グッドマンだっただろうか? 全体的に殺風景だが、このほどよい静けさが気に入った。
店内を見回すと、カウンターに女性客が一人いるだけで、これなら静かに酒が飲めるな、と思った。その女性客とは一席離れた席に腰掛ける。
「どうぞ、ご注文は?」バーテンダーはグラスを磨いている。
メニュー表に目を通した。
エンジェル・ディップ、サン・ジェルマン、グラッド・アイ、ゴールデン・ドリーム、シャルトリューズトニック……
無機質なカタカナの羅列。どれもどのようなものなのか良く分からない。