A線上の二人

「何? スランプ? それとも楽団で何かあった?」

 普段とても大人しい達哉くんは、たまに暴れる。

 まぁ、そもそも音楽関係の人は〝アツイ〟人が多いから、無表情にしている達哉くんからは想像もつかないけど、しっかり実は情熱家。

 ただ、悲しいかな。

 彼の亡くなったご両親の躾の賜物か、人前で感情をだすことはしない。

 だから、人知れず暴れる。

「……コンマスと少し」

「コンマス?」

「コンサートマスター。第一ヴァイオリンにいる……リーダーみたいな人」

 おお。偉い人と喧嘩でもした?

 やるじゃないか、達哉くん。

 思った瞬間、


「コンと喧嘩して、演奏がぐだぐだになる」

「……………」


 コンマスがコンと喧嘩して……?


 キツネ?

 ねぇ、キツネがいるの?

 それとも、キツネ似の人がいて、その人のあだ名が……

「コンダクター。指揮者」

 助け船にホッとした。

「解った。指揮者とリーダーが喧嘩して大変なんだ」

「ああ……」

 何がどう大変なのか、全然理解に苦しむけれど、うちも部長とチーフが仲良くないから大変だもんな〜。

 いい大人なんだから、感情剥き出しにして仕事しないで欲しい所だけど。

「でも、楽譜って大切なんでしょう?」

「コピーだから問題ない」


 ちゃっかり者め。

 睨むと視線をそらされた。


「とにかく、片付けよっか」

「いい。僕がする」

「当たり前でしょ。私は見てるわよ」

 ヴァイオリンケースをそっとよけて、ソファーに座った。

 達哉くんはしばらく黙って立っていたけれど、無表情で床の楽譜を集めだした。

「…………」

「…………」

「………っ」

 だぁぁああっ!

「駄目だ! やっぱり手伝う」

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