A線上の二人

「久しぶりのついでに、何か弾こうか?」

 こんな言葉は、とても久しぶりに聞いた。

 びっくりして顔を上げると、相変わらずの無表情。

 無表情だけど、どこか不機嫌ではある。

「そうね……聞きたい。何か弾いて」

「なんでもいい?」

「うん。なんでもいい」

 言うと、達哉くんは弓で位置を取る。

 そして、流れて来たのは……


 どこかで聞いた事がある曲で……


「……何だったかな」


 ぼんやり呟くと、返って来たのは無言と、ちょっと困った様な苦笑。


 達哉くんのヴァイオリンは、いつも低く高く、そして優しく甘い音色。


 優しい、優しい音色は、いつも私を癒してくれる。


「ねぇ。何て言う曲?」

 思い出せずにまた聞いたら、ワンフレーズだけ弾いて、達哉くんは弓を下ろす。

「Je te veux」

「ジュ・トゥ・ヴー?」

「そう」

 それだけを言って、達哉くんはまたヴァイオリンを弾き始めた。

 この時は、ただ安穏と聞き流していた。

 ただただ、その音色に身を任せたままで………




 その曲の意味を知ったのは、かなり後の事。









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