7つ真珠の首飾り
年端もいかぬ女学生の秘めたる好奇心の恐ろしさを認めてしまってから後のわたしは無敵だった。何も恐いものなんてなかった。


慎重に、わたしは異生物との距離を縮めていった。

左側では波がのんきに揺れ、時々雪のような肌にしおからい水滴を投げつけている。


手を伸ばせば届く、というぐらいの距離まで詰め、わたしは生唾を呑み込んだ。

そうっと、亜麻色の髪に手を伸ばす。
湿り気を帯びたそれを微かに持ち上げてみると、やはりそこには、顔があった。


現れたのは、それはそれはうつくしい顔だった。つくりが人間と同じだったことには正直ほっとした。
正確に測って書いたかのように均整のとれた、部分部分の並び方。すっきりとした鼻梁。眉は薄い色だったが形は完璧。目を閉じていて瞳が見られないのが、惜しいと感じる程だった。


そのまま髪を少し小さめの耳の後ろへ持っていき、顔が見えるようにした。
そして、思わずその白い頬に手を伸ばした。

すると肌に触れた途端、「うっ……」と、苦しげな声があがり、うつくしい顔が少し歪んだ。

わたしは心臓が飛び出るかと思うほど驚き、素早く手を引っ込めたが、生き物は意識を取り戻すということはしなかった。


生き物が再び動かなくなり、しばらくしてわたしの鼓動が落ち着いてくると、またもやわたしは手を伸ばした。

さっき、目が覚めていたらどうなっていたんだろう、と考えながらも、わたしは手を伸ばす。触れる。冷たい、冷たい肌だった。声を聞いていなければ、もはや血が巡っていないのではと思う程。


しばらくその状態で固まっていたが、生き物は一向に動き出す気配も見せない。頬も冷たいままだ。わたしは指で顎の輪郭をなぞった。陶器みたいに滑らかだ。そしてやはり冷たい。

一旦手を離して、逡巡した挙句、今度は投げ出された手を握ることにした。

頬よりは幾分か温かみが感じられた気がして、とても安心したような気持ちになった。


目を覚まして欲しい、と思っていたわけではなかった。
でも、その時が来るのを待っていたような気もした。


だから、夏の朝陽と一緒にわたしは生き物に温かみを送り続けようと思った。


わたしは無敵であると同時に無力だった。

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