colorful -カラフル-


 地面にボールが転がった。わざわざフルネームで呼ぶことか?俺はゆっくり後ろを振り返った。

 「そうだけど。」

 不機嫌だった。心底不機嫌だったんだ。自分でも分かるほど、眉間にシワが寄っていた。でも振り返ると、そのシワが消え去った。

 「っ……。」

 この時初めて男の涙を見た。驚きのあまり、言葉を失うとはこういうことだ。学ランのそいつは悔しそうに、唇を噛みながら静かに涙を流していた。なんでだ?俺が何かしたのか?よく見ると、そいつの右手には白い包帯が巻かれていた。視線を上げると、目が合った。

 「……ごめん。」

 何に対して謝ったのか、一瞬解らなかったが、すぐに理解した。全くの関係ない俺の前で泣いてしまったことを、後悔しているんだろう。

 「や、別に。」

 俺が素っ気なく言えば、そいつは穏やかに笑った。泣きながら笑う奴なんて、初めて見たから。俺はそいつを忘れることは出来なかった。
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